ひろゆき氏著書『1%の努力』無駄な努力をしないための思考法

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こんにちはRinです。

ラクを極めた管理人・ひろゆき(西村博之)氏が、『1%の努力』と題して、ムダな努力を積み重ねないために身につけておくべき思考法が語られています。

皆さんは結果を得るための努力ができていますか?
いつの間にか努力するための努力になっていないかでしょうか?

努力をする事は大事です。しかし、その努力することを間違えていないか、最小の努力で最大の成果を得るために自分がどうあるべきかを考えることが1%の努力だと筆者は説きます。

自分のパフォーマンスを上げたい方、1%の努力で最大の成果を得たい方にお勧めの一冊を今回は記事にまとめてみました。

 

片手は常に空けておけ

「幸運の女神の前髪」という話があります。幸運の女神には後ろ髪がついていないから通り過ぎたら捕まえることができないという例えです。

チャンスは突然やってくる。

ある時、あなたのもとに起業メンバーにならないかという誘いが来るかもしれません。当日誘われた飲み会に運命の人が来ているかもしれません。

それもこれも常に余裕をもっていないと掴むことはできません。スケジュールに余裕がないと頭の中はパンクしてしまい、視野はどんどん狭くなってしまいます。暇は全力で作っておいた方がいい。時間は余るものではない。作り出すものだ。とひろゆき氏は言っています。

世の中には予定をパンパンに詰め込んで片っ端から対処するタイプの人がいる。その場合、幸運の女神が現れたら、両手はお手玉をしながら器用に前髪を掴めるかもしれない。

ただ、凡人には難しいです。

少なくとも片手を開けておかないとチャンスを掴むことはできない。「努力で解決しよう」「頑張ればなんとかなる」と考えている人は常に両手が塞がってチャンスを逃してしまいます。

チャンスを掴む話と似ている、サッカーの本田圭介選手の有名な話があります。

みんなシュートの練習ばかりする。けれどそのシュートにつなげるために敵を抜いたり、いい位置にボールを持って行くことの方が重要だ。それができて初めてシュートの練習をする意味がある。

チャンスのを掴む話と似ていますね。チャンスを掴む練習より、いつでも掴める状態にしておくことが重要なのです。

 

自分にとっての大きな岩はなんだろう?

「この壺は満杯か?」

ある大学でこんな授業があったそうです。

「クイズの時間だ」教授はそう言って大きな壺を取り出し教壇に来ました。。その壺に彼は一つひとつ岩を詰めました。

壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞いた。「この壺は満杯か?」教室中の学生が「はい」と答えました。「本当に?」そう言いながら教授は教壇の下からバケツいっぱいの砂利を取り出した。

そしてその砂利を壺の中に流し込み、壺を振りながら岩と岩の間を砂利で埋めていく。そしてもう一度聞いた。「この壺はいっぱいか?」学生は答えられない。一人の学生が「多分違うだろう」と答えた。

教授は「そうだ」と笑い教壇にしたから砂の入ったバケツを取り出した。それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後三度目の質問を投げかけた。「この壺は満杯になったか」

学生は口を揃えて「いや」と答えた。教授は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと水を注いだ。彼は学生に最後の質問を投げかけた。「僕が何を言いたいかわかるだろうか?」

一人の学生が手をあげた。「どんなにスケジュールが厳しい時でも最大の努力をすればいつでも予定を詰め込むことが可能ということです。」

「それは違う」と教授はいった。「重要なポイントはそこではないんだよ。この例が私たちに示してくれる真実は、”大きな岩”を先に入れない限り、それが入る余地は、その後二度とないということなんだ。君たちにとっての大きな岩とはなんだろう」と教授は話し始める。

「ここでいう”大きな岩”とは君たちにとって一番大事なものだ。それを最初に壺の中に入れなさい。さもないと、君たちはそれを永遠に失うことになる。もし君たちが小さな砂利や砂、つまり自分にとって重要性の低いものから壺を満たしていけば、君たちの人生は重要性のない「何か」に満たされたものになるだろう。そして、大きな岩、つまり自分にとって一番大切なものに割く時間を失い、その結果、それ自体を失うだろう。」

この話を聞いて、あなたはどう感じたでしょうか?人生において何を優先さるかは一度じっくりと考えておいた方がいいということです。常にそれを問いかけてみましょう。そしてできれば言語化して人に伝えるのがいいそうです。

人生において何を優先さるかは一度じっくりと考えておく。

それこそが毎日を幸せに生きるコツではないのでしょうか。

 

競争のいらないところに張る

仮想通貨バブルの時に仮想通貨を買っていた人ははっきり言えば頑張っていません。なんとなく買っていたものがたまたま高く売れた。なんの努力もしていません。頑張りによって全てを変えられる「努力が報われる社会」であればもっと優秀な人が出てきて日本はいい状態に変わっていたはずですね。しかし、実際はそうなっていません。

それなのになぜ、努力神話があるのでしょうか。

それはごく一部だけ「努力できる」という才能を持った人がいるからです。その才能があればあらゆる競争に立ち向かうことができて、突破し、次第に勝つことに慣れていく。

受験戦争を勝ち抜いて東大に入ったり、弁護士や公認会計士などの難関資格を取ることができたり、一部上場企業などに入ったりすることができる。それもこれも努力をする才能があるからだ。ひろゆき氏はその才能がないと言います。

努力できる才能がなければいくらがんばっても正攻法で彼らには勝てません。何かを成し遂げるために、頑張らなければいけない場所を選んだ時点でちょっとがんばっただけでうまく行っている人に本気を出されたらすぐに先を越されます。

正面突破の方法だとハンデのついた100メートル走をやらされているようなものなので絶対に勝つことができない。だから自分にとって頑張らなくても結果が出せる場所に行った方が絶対にうまくいくとひろゆき氏は言います。逆説的な話ですがそれが真意です。

がんばらなくても結果が出る場所に行った方が絶対にうまくいくとひろゆき氏は言います。失敗しても痛くない程度に張っておくのはいいでしょう。

努力ができることも才能の一つです。しかし、それをもっていない人は楽に結果が出せるところを常に探しましょう。

きっと他人と争わなくてもいい場所があるはずです。

 

さいごに

私はこの本を読んで、自分の今の現状の行動を見直すことができました。「日々の行動の中の努力は、何の目的のための努力なのか」意外にも、目的をはっきりさせずにただがむしゃらに頑張っていることも見つかりました。

優先順位の話であったように、まず何を優先させて生きていくのかを明確にして、必要な努力で最大の結果に結びつけていきたいと強く感じました。

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