スティーブ・ジョブズの名言集

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スティーブ・ジョブズの名言集

人の心を動かすような強い力を生み出す人。その人自身がもっている志の高さ、理想を信じる強靭な信念がなければ、人の心を震わせる言葉は生まれません。スティーブ・ジョブズ、彼の言動や行動に人々が魅了されるのには理由があります。

自分の理想のためにはどんなに些細な妥協も一切許さず、ビジョンに基づいて進む姿勢。また、そのことで周囲に誤解を与えかえないことも辞さないほどの強い信念。そのすべてを兼ね備えたジョブズの言葉に、私たちは惹きつけられます。

スティーブ・ジョブズは、アップルを立ち上げ、世界を代表する企業をつくり、世界中の人々がその斬新なアイディア、洗礼されたデザインにたびたび驚き、魅了されてきました。

両親のガレージにて創業したアップルは1976年にエンジニアのスティーブ・ウォズニアックと共に始まります。

初代Macintoshの発表などの華々しい成功、そして自ら創業した会社から追い出されてしまったという大きな挫折。しかし、その後に設立したピクサーでは、世界初のCGアニメ映画「トイ・ストーリー」が大成功。その後、アップルに復帰したときには、同じく追い出された後に設立したNextputer社製のOS(オペレーションシステム)をMacintosh復興の中核にするなど、その人生は光と影のコントラストが激しく入れ替わる波乱の人生だったといえます。

彼の強いカリスマ性から常にその言動は注目されていました。今回は人生に留めておきたい名言を紹介します。

今、なにか悩んでいることがあったら、ぜひスティーブ・ジョブズの言葉を読んでみてください。あなたが真剣に悩んでいればいるほど、心に大きく響きます。スティーブ・ジョブズという人間は、常に真剣で、本気で悩み、熱意と覚悟を持って行動し、不屈の精神で歩んできたのです。だからこそ、あなたの真剣さがジョブズの言葉と共鳴します。

 

強い信念

23歳の時に100万ドル以上の資産を築き、24歳では1000万ドル以上となっていた。1億ドルを超えた時は、25歳になっていた。もう、そんなことはどうでも良かった。お金が目的でやってきたことではないからね。

1980年代12月、アップルの株式が公開され、50年代のフォード社以来という熱狂を呼びました。創業当初の資金はわずか1000ドル。株式公開により、ジョブズの資産は2億ドルを超えていました。

ジョブズは学生の時は富豪になることを夢みていましたが、実際になってみるとたいした夢ではなかったことに気づきます。「お金で買いたいものなんて、すぐに尽きてしまう」と感想を述べています。

それを証明するかのように、ジョブズはCEO報酬にもこだわらなくなり、NeXTでは年俸50ドル。復帰したアップルでは年俸1ドルしか受け取らなくなっています。

ジョブズは、仕事に対して対価を求めるのではなく、自分がなすべきことをするという名誉・信念のために働いていました。

 

一切の妥協も許さない

間違った方向に進んだり、突っ走ったりしないためには1000の事柄に「ノー」と言わなければならない

ジョブズは製品を作る際に、心から納得がいかないと「ノー」という答えを突きつけていました。ipodを開発していた時も、エンジニアに「大きすぎる、もっとコンパクトな製品を」と要求します。「これ以上の小型化は無理です」と言われると、手にとったipodをおもむろに水の入った容器に放り込み、漏れ出る空気を見て「この空気が入る分だけ小型化できるはずだ」と主張した話は、彼の伝統的な逸話になっています。

 

決して妥協せず、最善のものを求める姿勢を崩しませんでした。卓越した仕事を好むがゆえに、時にこの言葉が自身やスタッフを苦しめることになると理解していても「ノー」を言い続けたのです。

 

そういった姿勢を保ち続けたからこそ「手掛けた製品だけでなく、手がけなかった製品も誇りを持っている」と発言しています。たとえ製品化されていなくても、つねに一片の疑問を差し挟むよちがないところにたどり着くまで「ノー」と言い続けた自分と、それに屈することなくベストを尽くしてきたスタッフを誇りに思っていることが垣間見える発言だといえます。

 

アップルの製品は、その機能だけでなくデザインも高く評価されるものが数多くあります。その根底には常にベストであることを追い求め、一切の妥協も許さないジョブズの不屈の精神が宿っているのです。

 

マーケティングで一番大切なこと

顧客に対して素晴らしい製品を提供し続けられるなら、不況の時代でも顧客はサイフを開いてくれるものだ

ITバブルが弾けた後、多くの企業が開発費を削ったにもかかわらず、ジョブズはあえて研究開発費を増やしました。もちろんアップルもバブル崩壊後は売上が前年を下回り、収支も赤字となり厳しい状況でした。

 

ですがジョブズは細々とMacintoshと共に生き残れる道より、新たなイノベーションの道を切り開くことを選びました。まさにそこから生まれたのが、ipod、iphone、ipadでした。

 

不況になると多くの企業は予算や人件費を削減して業態悪化を食い止めしようとします。それとは逆にジョブズはあえて攻めに出ることでアップルの業績を伸ばしていきました。

 

マーケティングで大切なのは、素晴らしい製品を作り続けること。それさえできていれば景気の悪さとは関係なく、売上を伸ばすことができるのです。

 

 

大切なのは動機

歳を重ねるほど、動機こそが大切だと確信する。

ジョブズの一生は決して順風満帆ではなかった。自分が創業したアップルから追放され、「全米で一番有名な敗北者」という汚名まで着せられた。

 

さらに、追放中に創業した新会社は倒産寸前になり、新会社のピクサーも創業当時は経費がかさんで、さすがのジョブズも「こんなに金がかかると知っていたら買収はしていなかった」とぼやくほどだったと言います。さらに、ipodも発売当初は「高価なだけの商品」と酷評されていた。

 

それでもジョブズが苦難を乗り越えて2009年に「過去10年間で最も優秀なCEO」と評されたのは、仕事の目的がお金や名誉のためではなく、革新的製品であったからだ。ジョブズは日頃から、「私たちアップルの目標は世界一のパソコンを作ること。大企業になることでも、最も金持ちの企業になることでもない。」と述べています。その強い信念こそ、年を重ねても燃え尽きることのない原動力となったのです。

 

挑戦

安全にやろうと思うのは一番危険な落とし穴だ。僕らはチャレンジしなくてはならない。

2003年のクリスマスに、ipodは73万台も売れました。でも、翌年の2004年の同時期には460万台、さらに年が明けて530万台ー。ipodのイノベーションは誰も想像しなかったほどの効果をもたらした。

 

通常、このような状況を迎えると、企業は次の一手を打たなくなります。売れているのだから売り続けよう、それはすごく当たり前の発想です。モデルチェンジや新商品の発表に踏み切る理由がない。

 

しかし、ジョブズは違いました。一番売れ筋商品であったipod miniの販売を凍結して、新商品ipod nanoの開発を宣言したのです。

 

「普通の人ならば、ipodは最高の結果を出してくれた、もっと売ろう、ここで余計な動きをみせて失敗すれば 大きいから安全にやろうと思うかもしれない。でも、安全にやろうと思うのは僕らにとって一番危険な落とし穴だ。僕らはチャレンジしなくてはならないんだ」彼は社員をそう鼓舞したそうです。その結果はいうまでもありません。ipod nanoはさらなるヒット商品となり前年をはるかに上回る売上をスコアした。

 

スタンフォード大学学位授賞式でのスピーチ

2005年スティーブ・ジョブズはスタンフォード大学の学位授与式に招かれ、卒業生へのスピーチを行いました。

このスピーチは感動的で、直後から話題となりました。スピーチの最後には「ハングリーであれ!愚かであれ!」という、今の全世界の企業家、そして起業家への永遠のエールの言葉となっています。

引用:スティーブ・ジョブズの言葉
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